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福島地方裁判所会津若松支部 昭和47年(ワ)18号 判決 1975年10月29日

原告 渡部秀雄

<ほか六三名>

右六四名訴訟代理人弁護士 田場川広記

被告 大竹作摩

<ほか八名>

右九名訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎

同 富岡秀夫

同 中川広之

右富岡訴訟復代理人弁護士 目黒鷹雄

主文

一、原告らの請求はいずれも棄却する。

一、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一、原告ら

原告らに対し

(一)  被告大竹作摩は別紙第二物件目録記載の各不動産につき、福島地方法務局若松支局昭和四六年八月二七日受付第一二八六六号をもってなされたる、昭和四五年四月一日売買を原因とする共有者全員持分全部の移転登記の抹消登記手続を、

(二)  被告穴沢勇は同目録記載の各不動産につき、同支局昭和四五年九月二日受付第一二七七八号をもってなされたる、同年三月二六日相続を原因とする持分五分の一の持分移転登記の抹消登記手続を、

(三)  被告村田栄、同関喜蔵、同鴇巣光弥、同安藤善之、同穴沢勇は同目録記載の各不動産につき、同支局昭和四四年四月八日受付第四一七九号をもってなされたる、同月一日払下を原因とする各持分五分の一の所有権移転登記の抹消登記手続を、

(四)  被告株式会社会津磐梯カントリークラブは別紙第三物件目録記載の各不動産につき、同支局昭和四五年一一月一九日受付第一七一一〇号をもってなされたる、同月一日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を、

(五)  被告河東村は別紙第一物件目録記載の各不動産につき、同支局昭和四三年六月二四日受付第七二六八号をもってなされたる、同月五日譲与を原因とする持分六分の五の持分全部の移転登記の抹消登記手続を、

(六)  被告会津若松市、同河東村は同目録記載の各不動産につき、同支局昭和四三年六月二四日受付第七二六七号をもってなされたる、前者につき六分の五、後者につき六分の一の所有権保存登記の抹消登記手続を、

それぞれせよ。

(七)  被告会津若松市、同河東村は連帯して、金五四〇万円及びこれに対する同会津若松市は昭和四七年五月七日から、同河東村は同月八日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(八)  訴訟費用は全部被告らの負担とする。

二、被告ら

主文と同旨

(当事者の主張)

第一、請求原因

一、別紙記載の五三部落の部落民は、明治初年頃から別紙第一物件目録記載の土地(以下「第一の土地」という。)を含む福島県河沼郡河東村大字八田字大野原及び同所字高の下地内の山林及び原野合計一三九町三反五畝二六歩(一、三八二、一一一平方メートル、以下「本件土地」という。)に対し、燃料用柴、馬の飼料である雑草の共同収益を目的とする慣習による民法二六三条のいわゆる共有の性質を有する入会権を有しており、現在の入会権利者は原告らを含め九九六名である。

二、(一) 第一の土地には、福島地方法務局若松支局昭和四三年六月二四日受付第七二六七号所有権保存登記(持分被告会津若松市六分の五、被告河東村六分の一)、同支局同日受付第七二六八号同月五日譲与を原因とする被告会津若松市から同河東村へ右持分六分の五の移転登記がそれぞれ経由されている。

(二) 第一の土地の一部である別紙第二物件目録記載の土地(以下「第二の土地」という。)には、右各登記の外同支局昭和四四年四月八日受付第四一七九号同月一日払下を原因とする所有権移転登記(被告村田栄、同関喜蔵、同鴇巣光弥、同安藤善之、訴外穴沢杢之丞持分各五分の一)、同支局昭和四五年九月二日受付第一二七七八号同年三月二六日相続を原因とする右訴外人から被告穴沢勇への持分五分の一の持分移転登記、同支局昭和四六年八月二七日受付第一二八六六号昭和四五年四月一日売買を原因とする被告大竹作摩への共有者全員の持分全部の移転登記がそれぞれ経由されている。

(三) 第一の土地の一部である別紙第三物件目録記載の土地(以下「第三の土地」という。)には右(一)記載の各登記の外同支局昭和四五年一一月一九日受付第一七一一〇号同月一日売買を原因とする被告河東村から同株式会社会津磐梯カントリークラブ(以下単に「カントリークラブ」という。)への所有権移転登記がそれぞれ経由されている。

三、原告らは前記のように本件土地の入会権者であるところ第二、第三の土地を含む第一の土地には前記のような各登記があるので、右入会権に基づいて被告らに対しその抹消登記手続を求める。

四、(一) 原告らが本訴提起を余儀なくされたのは右二(一)記載の登記が真実に反する不法なものであるためであり、右各登記は被告会津若松市市長高瀬喜左衛門、同河東村村長安藤善市が次に述べるようにその職務を行うにつきなした故意又は少くとも過失による共同不法行為に基づくものである。

(二) 入会権は、不動産登記法に規定がなくそれ自体としては登記出来ないところから後記の大野原組合長訴外渡部新一は右支局長訴外後藤弘の指導により被告カントリークラブ等に対する右各所有権移転登記手続の方便として第一の土地につき被告会津若松市が六分の五、同河東村が六分の一につきそれぞれ持分を承継したような所有権保存登記手続を経由せんことを企て、前記高瀬市長、安藤村長に右事情を訴えて右登記方を懇請して承諾を得た。

右両市村長は、昭和四三年六月二四日右支局に対し、町村合併により本件土地の所有権を右被告両名において承継した旨の虚偽公文書を添付した登記嘱託書を提出し、前記登記を経由したのである。

(三) 原告らは、右被告両名の右共同不法行為により別紙損害一覧表記載の各損害を被ったので原告らは右被告両名に対し金五四〇万円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日である被告会津若松市につき昭和四七年五月七日から、被告河東村につき同月八日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるべく本訴請求に及んだ。

第二、請求原因に対する認否

一、原告ら主張の各部落民が本件土地につき原告ら主張の目的の入会権を有していたこと(但し、所有権については後記のとおり)、入会権利者が次に記載する原告らを除くその余の原告らを含め九九六名であったことは認め、その余の事実は争う。

原告渡部秀雄、同酒井龍雄、同長谷川哲雄、同酒井甲、同須佐智信、同高橋良江、同小野広江、同岩田章は、いずれもその父が存命中であり右原告らはいずれも入会権利者ではなかった。

二、同二の事実は認める。

三、同三の事実中原告らの入会権利者性については前記のとおり、その余の事実は争う。

四、同四の事実中原告ら主張の各登記が経由されていることは認め、その余の事実は争う。

第三、被告らの主張

一、(一) 本件土地は、旧会津藩練兵場であったが明治初年に官有地となり、明治一八年一月官民引直しの許可により河沼郡八田村外九ヶ村、北会津郡中沢村外一三ヶ村(実質は前記五三部落)の入会財産(但し、財産区財産ではない。)となった。

右所有形態は右五三部落が実在的総合人たる入会団体を構成するいわゆる総有であるが、部落民は前記の入会権を有するのみで本件土地の所有権を共有するものではない。

(二) 本件土地の管理処分等につき右部落民の同意により明治一八年頃より大野原組合が結成され、各部落から当初は委員、明治中期以降は総代がそれぞれ選出され総代会を構成し、その決議により右管理処分を行っていたが昭和一八年八月それまでの慣行を明文化した規約を部落民全員の同意により作成した。

二、大野原組合が総代会の決議により財産を処分したものに次のようなものがある。

(一) 昭和一五年一〇月三〇日訴外渡部健寿に対し日橋村大字八田字大野原甲四三九四番五の土地のうち三反八畝一九歩を賃貸したこと。

(二) 昭和二一年五月訴外片桐孝行に対し二町歩を期間一〇年で賃貸したこと。

(三) 昭和三五年八月一二日訴外会津養鶏組合に対し河東村大字八田字大野原甲四三九四番乃至同甲四三九七番の土地のうち一五町歩を期間五年で賃貸したこと。

(四) 昭和三六年二月二四日被告大竹作摩に対し右同所甲四三九四番三外三〇筆の土地を期間二〇年で賃貸したこと。

三、(一) 被告村田栄、同関喜蔵、同鴇巣光弥、同安藤善之、訴外穴沢杢之丞に対する第二の土地及び河東村大字八田字大野原四三九四番二七、同所同番五一九の土地の処分については、昭和三三年一〇月一五日大野原組合総代会に於て右土地の売買決議がなされ同日付で右五名と売買契約を締結し代金二五万円は昭和三三年一〇月一五日から昭和三五年三月二一日まで七回に亘り全額が右組合に支払われ、右五名は昭和三五年三月二一日右土地の所有権を取得し、被告穴沢勇は昭和四五年三月二六日右訴外人を相続した。

右被告ら五名は昭和四五年四月一日右土地を被告大竹作摩に譲渡した。

(二) 総代会で被告カントリークラブに対し昭和四二年八月三〇日第三の土地につき金三、六〇〇万円で売渡す旨全員一致で決定し、同年九月二五日売買契約を締結し、右被告は同年一二月一五日代金全額を支払い右土地の所有権を取得した。

(三) 総代会で昭和四一年八月一八日被告河東村に対し本件土地中の四〇町歩につき売渡決議をなし一方同村では同年九月七日議会で金一、六〇〇万円で買受ける旨の決議をなし、右被告は昭和四二年五月二七日、八月一〇日の二回に亘り代金を完済し所有権を取得した。

四、仮に、右各土地の処分につき後記原告ら主張のように組合員全員の同意が必要であるとしても次に述べるように事前又は事後の承諾を得ているものである。

(一) 右三(一)記載の土地の処分については代金二五万円は原告らを含む全ての組合員に配付され原告らは何ら異議なくこれを受領したことにより右処分を事後承諾している。

(二) 昭和三八年五月から七月にかけて原告らのうち二二名(原告渡部真一、同平塚義雄、同酒井健三、同堀田善道、同渡部猛、同渡辺真彦、同大竹宗雄、同平塚明、同木津喜代蔵、同真壁茂夫、同橋本馨、同鈴木甚八、同山内英志、同橋本栄、同山口千代美、同橋本伊佐夫、同橋本友記、同高木保、同山内清美、同鈴木久雄、同小野熊一、同加藤善吉)は、大野原組合長宛本件土地を売却換金して配分されたい旨の陳情書を提出しているので右原告二二名は右土地処分について予め同意していたものである。

(三)(1) 右三(二)、(三)の土地の売買代金を大野原組合は均分して全組合員に配分したが原告らはいずれもこれを受領したことにより右土地の処分につき事後承諾している。

(2) なる程、原告佐藤忠清及び訴外三名の組合員が右の金員の一部を受領していないが、次の経緯で右土地の処分に同意したものである。

原告佐藤外三名は売買代金の配分受領に代えて土地譲受けを望んだため昭和四五年五月ころ右三(一)記載の被告村田ら五名の共有する土地(四反歩)を代金二〇万円で買受けることで右土地の処分に同意することとし、右被告らは同月下旬までに右代金全額を受領している。

五、仮に被告らの右主張が認められないとしても右被告ら五名は、三(一)記載の土地については前記売買代金を完済した昭和三五年三月二一日より右土地を所有の意思をもって平穏、公然、善意、無過失に占有していたところ、被告大竹は前記のように昭和四五年四月一日右土地を右被告五名から買受けその占有を承継したことにより被告大竹は、昭和三五年三月二二日より一〇年の経過により右土地を時効により取得したものである。

六、原告らの主張する登記手続について

本件土地は前記のとおり部落有であったが部落又は組合の名を以って登記できないため一旦は被告会津若松市、同河東村の共有として保存登記したが、登記は本来権利の実態を示すものではなくその対抗要件に過ぎない以上本件では現時点において前記のように各不動産の所有者と登記名義人は一致しており右各登記は有効である。

第四、被告らの主張に対する認否

一、(一) 被告らの主張一(一)の事実は争う。

部落は法人格を有しないため原則として財産を所有し得ず、例外的に財産区の場合所有し得るのであるが、被告らは本件土地が財産区でないことは自認しており、部落が本件土地の共有者であるとの被告らの主張は理由がないことは明らかである。

(二) 同一(二)の事実中大野原組合が結成され被告ら主張の組合規約が作成されたことは認め、その余の事実は争う。

二、同二の事実は不知。

三、同三の事実中被告ら主張の各売買契約がなされたことは認め、その余の事実は争う。

四、(一) 同四(一)の事実は否認する。

(二) 同四(二)の事実中被告ら主張の陳情書の存したこと、原告渡部真一、同平塚義雄、同渡辺真彦、同大竹宗雄、同平塚明、同真壁茂夫、同橋本馨、同山内英志、同山内清美、同鈴木久雄、同小野熊一、同加藤善吉が右文書に署名していることは認め、その余の事実は争う。

(三)(1) 同(三)(1)の事実中一人当り五万円の配分のあったことは認めるが、いずれも右土地の売却に反対の意思を表明しつつ受領しており、特に原告佐藤忠清、訴外小林清吉、同佐藤和男、同渡部祐三の四名は右金員の受領すら拒絶している。また東城戸部落においては右配当金は部落の公会堂の建設費に充当され組合員三一名には分配されていない。

(2) 同(三)2の事実中被告ら主張のような原告佐藤らと被告らとの間の交渉のあったことは認めるが、その余の事実は争う。

第二、第三の土地の売買は公簿面積でなされており、当然繩伸び等に対する裏取引が予想されたので本件土地の実測反別及び二万五、〇〇〇円の金側腕時計一四個を組合が贈与した相手方の氏名を明示した際右原告佐藤らと被告村田らとの間で正式に契約することとなっていたが、右の各明示がなされなかったため被告ら主張の契約は結局締結されなかったのである。

五、同五の事実は争う。

右被告らは右土地を占有しておらず、右被告らは後記のように各売買契約が無効であることを知っていたのであるから悪意である。

また仮に占有開始において右被告らが善意だったとしても、本件登記、大野原組合の性格、組合規約、理事の権限等について調査しなかった点において過失が存する。

六、同六の事実は争う。

第五、原告らの反論

一、(一) 大野原組合規約一七条には特別な事情により土地の処分を要することが生じたるときは総会の決議によりこれを行うことができる旨の規定がある。

民法六六七条一項は、「組合契約ハ各当事者カ出資ヲ為シテ共同ノ事業ヲ営ムコトヲ約スルニ因リテ其効力ヲ生ス」と規定しており右「共同ノ事業ヲ営ムコトヲ約スル」には組合規約の制定、修正等も含まれていると解され、右は組合契約として全組合員の合意によってなされることを要するところ、大野原組合においては組合員全員をもって構成される総会は一度も開かれたことがなく単に総代会で規約の制定改正が行われており、甲第二七号証、乙第二、第三号証の各組合規約はいずれも無効である。

(二) また、大野原組合は民法上の任意組合であるから右条項は組合契約の内容をなすところ、総代会の決議に基づき組合員全員の共有である財産をその所有者の意思に反しても侵奪できるとする規定は、民法九〇条に違反し無効である。

(三) 仮に大野原組合において従前総代会の決議により土地の処分が行われていたとしても、それは社団内部の意思決定に関するものであり、一般的な慣習となり得るものでもなく、また組合財産の処分のような組合の存立に重大な影響を及ぼす重要な行為は総会において決議さるべきで、総代会において議決し得るものではない。

二、仮に被告ら主張のように大野原組合においては入会地の賃貸、譲渡等につき総代会の決議で決定する旨の慣習があったとしても、かかる慣習は権利者の意思を無視しても処分が断行され得るものであり憲法二九条に違反し、また入会権の消滅には全入会権者の同意を要するとする入会林野等に係る権利関係の近代化の助長に関する法律二、三条及び民法二六三条により同法二五一条が準用されている趣旨(入会地の処分につき入会権者全員の同意を要することとなる。)に照しても無効である。

三、仮に本件土地の所有権が被告ら主張のように部落に存したとしても原告らはいずれも右部落民であり、部落構成員として入会地の管理処分に参与する権利を有するものであるから、入会権者の権利を制限しその行使を不可能とする入会地の処分については入会権者の同意を要するものであり、右各主張は被告ら主張の事実を前提としても適用されるものである。

四、被告らは、本件各売買行為について原告らの事前又は事後の承諾を主張しているが、法律行為の有効性はその成立段階で決定され確定されるところ、被告ら主張の陳情書は僅かに、平沢、中地、中之明の三部落のみが提出したものであり、また右陳情書は他の共有者の総意をまとめることを条件としたものであるところ前記のように組合員全員の同意を得なかったのであるから承諾の効力が生じないことは明らかである。

昭和四一年九月中地総代酒井長記外七部落総代は各部落組合員一九五名を代表して組合長に対し共有地の売却は越権行為であるから認められない旨通告し無権代理行為の追認を拒絶しており、ここに第二、第三の土地に対する前記各売買行為は無効であることに確定したため、その後において配分金の受領が追認の効果を生ずる余地はないのである。

五、被告らの主張三(一)記載の土地に対する前記被告村田栄外四名に対する売買行為は大野原組合解散を見越して組合長秋山政記外理事一〇名と右五名との間でなされた隠匿行為であり通謀虚偽表示で無効である。

(証拠)≪省略≫

理由

一、別紙記載の各部落民が本件土地につき燃料用柴、馬の飼料である雑草の共同収益を目的とする入会権を有していたこと、その権利者が九九六名であったことは当事者間に争いがない。

二、本件土地の従前からの所有形態につき当事者間に争いがあるのでまずこの点について検討する。

これについては従前の大野原組合の財産に関する諸規定、公簿上の記載、入会の実態の変遷等を総合して判断するのが相当である。

(一)  ≪証拠省略≫によれば次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

(1)  大野原甲四四一一番の登記簿表題部所有者欄には河沼郡河東村大字八田外九ヶ村、北会津郡栄和村大字中沢外一三ヶ村共有と、大野原甲四三九四番の一乃至三の土地台帳には河沼郡八田村外九ヶ村及び北会津郡中沢村外一三ヶ村共有及び明治一八年一月許可官民引直し賦税と、共有財産処分決定書(明治二二年に作成された大野原組合の財産に関する議事録)には河沼郡旧八田村外五ヶ村四部落、北会津郡旧中沢村外七ヶ村一一部落共有と、昭和一九年度河沼郡日橋村村税地租附加税徴収簿に日橋村外一一字六部落共有と、答申書(明治二二年三月三日二四ヶ村の惣代により大野原組合の財産の帰属につき定めたもの)には「河沼郡八田村外九ヶ村、北会津郡中沢村外一三ヶ村共有地今般所属確定之処ニ付御諮問相成候処是迄共有村之内ニモ部落共有有之候ニ付今般更ニ第二条ニ記載セシ一四ヶ村一五部落ヲ以テ共有所属トス」と、それぞれ記載されている。

(2)  大野原共有地定約書(原文は書をと記載、大野原組合の最も古い規約と考えられる)中には、

「 一条 河沼郡八田村字大野原共有地ニ関スル衆議ハ多数ニ拠ルト雖モ(原文は「モ」と記載)地盤旧八田野村ノ承諾スルニ非サレハ実行スルヲ得ス

二条 前条共有地ニ生スル松木ハ旧八田野村之所有トナシ外村ニ於テ幹枚ヲ伐採スル事ヲ禁ス

但長サ八寸未満ノ小苗木ヲ草刈ノ節誤テ草刈鎌ニテ刈採ル分ハ此限リニ非ス

三条 前条共有地ニ関スル諸税其他ノ入費ハ平均法ヲ以テ賦課スルト雖モ(右に同じ)尚ホ監守料トシテ反別百町歩ニ附金四円二〇銭毎年一一月旧八田野村ヘ山組総村(旧八田野ヲ除ク)ヨリ差出スモノトス」との規定があり、日付は明治一七年三月二二日で八田野村惣代四名外各村の惣代五八名が署名捺印している。

(3)  昭和一九年度施行と記載されている大野原組合規約(以下「昭和一九年規約」という。)中には

「 二条 本組合ハ別表ニ定ムル地域内ニ居住シ従来権利ヲ有スル者ヲ組合員トス

新加入ヲ申出ヅルモノアルトキハ加入金トシテ組合員ヨリ分家シタルモノハ金五円、縁故ヲ有セザル新加入者ハ金七円ト定ム(但書略)

三条 本組合ハ其組合共有ニ係ル河沼郡日橋村大字八田字大野原ヲ採草地植林地牧野等有効適切ニ経営利用スルヲ以テ目的トス

九条 組合ハ主タル事業トシテ採草及葉柴ノ採取ヲナス其細目左ノ如シ

1 期日 毎年総会ニ於テ定メタル(大体八月初旬)登山日ヨリ其年内ニ終ル

2 時間 登山初日ヨリ二日間ハ自午前四時至午後五時其後ハ時間ヲ制限セズ

3 資格 登山スルモノハ必ズ組合ニテ発行スル山業証ヲ携帯スベシ(以下略)」との規定があるほか、その一二条は組合員を地域により甲乙丙の三種に区分しそれぞれに応じ義務金の納入を命じている。

(4)  昭和三七年一一月二六日施行と記載されている同組合規約(以下「昭和三七年規約」という)の二条には右三条と、同四条には右二条一項とそれぞれ同旨(但し四条には「共有ノ権利ヲ有スル者ヲ組合員トス」と明記されている。)の規定が存し、同五条は、「本組合員ハ組合規約ノ定ムル所ニ従ヒ組合ノ財産ヲ共有スル権利ヲ有シ、(以下略)」と定め、同一三条は右九条と殆んど同旨である。

(5)  (入会の実態)

本件土地が八田野部落の地積に属するため明治から大正にかけて同部落が本件土地全体の維持管理の責任を負うこととなり、大字八田より監守を四名選出し、その長を八田野部落の区長が兼ね、監守の下に常設委員を置いて維持管理に当ることとし、一方少なくとも右昭和三七年規約の改正は総代会の決議で行われた。

薪、草等の採取のための入山は組合で決められた日に大野原組合が各組合員宛に三枚発行する山業証を携帯して行っていたが、馬及び牛の飼育の激減により飼料としての草の採取の必要性がなくなったため、右のような本件土地の利用は昭和三二年ころから著しく減少し昭和三四、三五年ころには薪、草等の採取は殆んど行われないようになった。

従来は、固定資産税等の経費を徴収するため前記のように組合員を甲乙丙の三地区に別けそれぞれから義務金を徴収していたが、前記のように入会地の利用廃止により入山による義務金の納入がなくなり、後記のように入会地貸与にともなう賃料が入るようになってからは(それは遅くとも昭和三九年である。)、名目上賃料を各組合員に配分しそれを義務金に充当する形をとり直接各組合員から義務金を徴収しなくなった。

(二)  大野原組合の組合員資格の取得については≪証拠省略≫によれば、組合は当初前記入会目的で払下に同意した人々のみで結成され、家畜を飼っていない人は組合員となれず、原則として各戸の戸主のみがなり、村外に移住した場合は当該組合員の権利は廃家同様消滅したものとして取扱われていたことが認められる。なる程≪証拠省略≫によれば大正二年七月現在の大野原共有地人名調の東城戸部落に関する部分には一部に組合員の移転、死亡等に際し数件組合員資格の譲渡が行われており、また≪証拠省略≫によれば後記三記載の原告らについては父の存命中に子が権利を譲受けていることがそれぞれ認められるが、右資格の譲渡はたまたまそのころ数件の例があるにとどまり、その後同種の行為が行われたことの形跡はなく、また右原告らの場合はいずれも同一家族内の親子間のことで純然たる組合員以外の第三者との間の資格譲渡ではなく右事実から直ちに一般的に組合員資格の譲渡が行われていたとは解すべきではなく、他に右事実を認めるに足る証拠は存しない。

(三)  以上の事実に基づき本件土地の所有形態について検討する。

(1)  右(一)(1)の事実によれば、一見本件土地は民有地となった際同所記載の行政組織体としての各村の共有となったように考えられるが、他方共有財産処分決定書等には共有者として部落名が記載されている。

右部落はいずれも独立した行政単位ではなく自然発生的に生じた法人格を有しない集落についての慣行的な呼称であること、昭和一九年規約二条、昭和三七年規約四条(「共有ノ権利ヲ有スル者ヲ組合員トス」としている。)がいずれも大野原組合の構成員を右「村」及び「部落」でなくその住民としていること、後記のように本件土地の売買代金は原則として各組合員に均等配分されており、右「村」及び「部落」が、今日まで本件土地に関する取引その他の法律関係において権利者として登場したことを窺わせる証拠の存しないことの各事実を併せ考えると右部落と共有者として記載されている「村」も前記のように行政組織体を意味するものではなく一定地域に対する慣行的な呼称であって、右各「村」及び「部落」は、いずれも独立した法主体として意味するものではなく、その地域に住む住民集団を意味するものと解するのが相当である。

(2)  次に、本件土地が二(一)(5)記載のように各組合員の入会の対象となっていたこと、二(二)に記載された事実に照らし組合員資格の譲渡は一般的でなく、村外へ移住することにより権利行使ができなくなると考えられること、大野原組合に対し前記「村」及び「部落」の住民が本件土地の所有権を譲渡したことを認めるに足る証拠は何ら存しないことを併せ考えれば、本件土地は前記各村及び部落(それは全体として別紙部落名記載の五三部落に該当すると解される。)の住民のいわゆる総有であったものと解せられる。

しかるに、右二(二)の事実によれば住民が全て組合員であったわけでないことが認められ、他方昭和一九年規約二条、九条三号に照らすと大野原組合結成後においては、前記「村」及び「部落」の住民であってかつ同組合の組合員であることが本件土地の総有者としての要件とされることが慣行とし是認されるに至ったものと解するのが相当である。

従って、本件土地は大野原組合の組合員の総有であったものと認められる。

(四)  乙第二号証の大野原組合規約にも前記昭和一九年及び昭和三七年の各組合規約と同旨の規定があるがこれがいつ制定されたのかまた実際施行されたのかを認めるに足る証拠は存しない。

また、原告らは大野原組合規約が全組合員の合意により制定変更されたものでないから無効であると主張するが、本件組合のようにその発足が、相当古い時代にさかのぼるものでありしかも入会集団による自然発生的な組合と推測される場合においては組合契約の締結の経緯が必ずしも明確でないことはありうることで、このことから直ちに右規約が無効であると断ずべきでないところ右二(一)(5)の事実及び後記認定の各処分行為にしても右各規約に則って行われていると認められること、他方右組合規約の制定、改正につき反対又は異議の申立が組合員よりなされたことを認めるに足る何らの証拠の存しないことを併せ考えると、各組合員は右各組合規約の制定、改正につき黙示の承諾をなしていたものと認められるから右組合規約の制定、改正は有効になされたものと解するのが相当であり、原告らの右主張は理由がない。

三、被告らは、原告岩田章、同高橋良江、同小野広江、同酒井甲、同酒井龍雄、同渡部秀雄、同長谷川哲雄、同須佐智信はいずれも大野原組合員ではないと主張するが、≪証拠省略≫によれば右原告らはいずれも右組合の組合員であったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

従って、右原告らはいずれも本件土地の権利者であったというべきである。

四、(一) ≪証拠省略≫によれば次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

(1)  前掲「昭和一九年規約」中には、次のような規定がある。

「 五条 本組合ハ一部落一名ヅツノ総代ヲ定ムルモノトス総代会ヲ以テ総会ニ代フ(以下略)

一四条 組合ノ共有地ハ絶対個々ニ分散処分スルコトヲ得ス特別ノ事情ニヨリ土地及地上物件ノ処分ヲ要スルコト生ジタルトキハ総会ノ決議ニヨリ之ヲ行フ(但書略)」

そして昭和三七年規約一〇条は右五条と同一七条は右一四条とそれぞれほぼ同旨に規定されているが右両規約にはいずれも総代会の決議事項は規定されていない。

(2)  大野原組合は、総代会の決議に基づき本件土地につき次のような行為をなしている。

イ、昭和一五年一〇月二〇日訴外渡部健寿に対し同月から一〇年間開田事業の目的で本件土地中の山林三反八畝一九歩を貸与した。

ロ、昭和二一年五月訴外片桐孝行に対し一〇年間を一期として開墾目的で本件土地中二町歩を賃貸した。

ハ、昭和三五年八月一二日訴外会津養鶏組合長秋山雅生、訴外小池章雄、同猪俣哲洲に対し同日から期間五年間の約束で養鶏事業の目的で本件土地中一五町歩を賃貸した。

ニ、昭和三六年二月二四日被告大竹作摩に対しゴルフ場設置等を目的として本件土地中七〇町歩を賃貸し、被告カントリークラブは右土地上に昭和三八年ころから一八ホールのゴルフ場を開業した。

(3)  なお右ハ、ニの各賃貸借は前記のように昭和三四、五年ころには入会地の利用が殆んどなくなり登山による義務金の納入がなくなったため組合の収入が減り一方税金等の経費は支出せざるを得ず組合財政が悪化したためなされたものであり、各総代は各総代会の内容につき各組合員に随時報告していた。

一方大野原組合において総会が開催されたことを認めるに足る証拠は存しない。

(二) 以上の事実によれば、大野原組合においては総会は開催されず、前記組合規約に従い総会に代わる総代会において本件土地に関する処分を行う慣行が存していたものと認められる。

総有関係にある財産の処分については原則として権利者全員の同意を要することは民法二六三条により同法二五一条が準用されていることからも明らかである。

従って、財産の処分に際し権利者全員が一堂に会した上全員の同意を得ることが望ましいことは言うまでもないが、本件のように権利者が九九六名という多数にのぼる場合においては全権利者が一堂に会するいわゆる総会を開催することは社会的物理的に困難なものであり、また構成員全員の同意は必ずしも権利者が一堂に会した上でなされることを要しないものと考えられる。そうしてみると、次善の策として各権利者を代表する者による間接的な形での一定の意思決定について各権利者が事前又は事後に同意するという形式で各権利者の意思が自由にかつ確実に反映される限り権利者全体の意思決定があったものということができるから、これをもって、総会での決定でないとの一事だけでその効力を否定すべきものではないと解するのが相当である。従って前記慣行が、少くとも右の要件を満している限りにおいてはその効力を否定すべきではないのである。なお、右の場合、事後における権利者の同意は民法一一三条一項の無権代理行為の追認の法理が準用ないし類推適用されるものと解されよう。

また、大野原組合の総組合員(九九六名)と本件土地の総有権者とは前記のように完全に一致している以上同組合での意思決定は同時に総有権者の意思決定とも解し得る以上同組合でなされる意思決定が土地所有者のなし得るものである限りは仮に同組合の目的を逸脱するものであったとしてもそのことの故をもって無効と解すべきではない。

以上に反する原告らの主張はいずれも採用できない。

五、(一) ≪証拠省略≫によれば次の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(1)  昭和三三年八月の大野原組合の総代会においてなされた決議に基づき第二の土地及び大野原甲四三九四番の二の土地(合計一四町四反歩余)の土地につき被告村田栄、同関喜蔵、訴外鴇巣豊春、同安藤善市、同穴沢杢之丞は同年一〇月一五日大野原組合との間に売買契約を締結し、両者間で昭和三四年四月二日これと同趣旨の公正証書が作成されており、代金二五万円は昭和三三年一〇月一五日から昭和三四年四月二日までの間に七回に分割して弁済された。

(2)  大野原組合は、昭和三五年八月ころ右売買代金中合計一四万九、五五〇円を組合員九九七名に対し各一五〇円宛配分した。

(二) 一方右譲渡行為については後記被告河東村らへの入会地の譲渡が問題となるまで(早くとも昭和四一年ころまで)に組合員から反対又は異議の申立がなされたことを認めるに足る証拠は存しない。

(三) 以上の事実によれば、各組合員は遅くとも右売買代金の配分を受領した時点において大野原組合のなした右土地処分行為に同意したものと認められる。

従って、右売買行為は有効と認められるところ、原告らは右売買行為は大野原組合の解散を見越して当時の組合長秋山政記外理事一〇名と右買主五名との間でなされた隠匿行為であり通謀虚偽表示で無効であると主張する。

しかしながら、右売買契約は昭和三三年になされており、後記のように組合の解散総会は昭和四四年に開催されており右二つの間には前者が後者を予知してなされたと解するには余りに時間的に隔っており、また、なる程≪証拠省略≫によれば前記大野原甲四三九四番の二の土地は未登記であることが認められるが、同土地は約一町歩で前記売買の一割にも満たないものであり、第二の土地については請求原因二(一)、(二)の各登記が経由されていることは当事者間に争いのないところであり、以上の事実から右売買行為が原告ら主張のような通謀虚偽表示であるとは認められず、他に原告らの主張を認めるに足る証拠は存しない。

従って、原告らの右主張は理由がない。

六、(一) ≪証拠省略≫によれば次の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(1)  大野原組合が前記のように被告村田ら五名に土地を譲渡し、同大竹作摩に本件入会地の半分以上にあたる土地を二〇年の期間で賃貸するようになったため、平沢町、村中、中沢、中之明等の各組合員から昭和三八年五月から七月にかけて組合長に対し早急に土地を処分してほしいとの陳情書が送付されたこと、本件土地での採草等の行為が昭和三五年ころには殆んど行われなくなり、組合としては経済的にも入会地の管理運営が難しくなっていたこと、被告河東村において園芸モデル農場設置のため土地を購入したいとの意向があったこと等を契機に昭和四一年七月二八日の臨時総代会において被告河東村に土地を譲渡することとし代金について右被告と交渉する旨の決議がなされ、同年八月一八日の総代会においては町北町の総代から事前に土地を貸すことは聞いたが売ることは聞いていないので売買決議はしないでほしい旨の発言があったが結局は説得され、本件土地中四〇町歩(第一の土地中第二、第三の土地を控除したものが含まれている。)を一、六〇〇万円で譲渡する旨の決議が全員異議なくなされ、続いて被告カントリークラブに対し大野原組合役員が土地売渡を前提に交渉することが決議された。

なお、実際に被告河東村に譲渡された土地は本件土地中の六一町四反歩余であるが、これは同被告が強清水の灌漑対策、河東村の簡易水道施設の設置等を行うため大野原組合が余分に提供したものである。

昭和四二年八月三〇日の総代会において被告カントリークラブに対し八〇町歩余(第三の土地が含まれる)を代金三、六〇〇万円で譲渡する旨の決議がなされ同年九月二五日同被告との間で売買契約が締結されたが、土地は公簿面積によって売買されることとなった。

(2)  被告河東村は、昭和四二年五月二七日に六〇〇万円、同年八月一〇日に一、〇〇〇万円を、同カントリークラブは同年九月二五日に六〇〇万円を、同年一二月一五日三、〇〇〇万円をそれぞれ大野原組合に対し支払い代金を完済した。

(3)  そこで組合は、各組合員に一人当り五万円を配分することとし、昭和四二年八月一〇日に一人当り一万六、〇〇〇円を、同年一二月一七日ころに一人当り三万四、〇〇〇円をそれぞれ各総代を通じて各組合員に支払ったが、東城戸部落においては右配分金を公会堂の基金に使用するため右配分金は右部落の組合員には支給されず、第一回においては原告佐藤忠清及び訴外佐藤和男が、第二回においては右両名及び訴外小林清吉、同渡部祐三がそれぞれ右配分金を受領しなかった。

(4)  一方組合では右売買代金の残金二〇〇万円につき処理委員会を作りうち約二〇万円は組合の一般会計に繰入れ、残余の約一八〇万円で組合員九九七名に対し一人につき一、〇〇〇円の携帯用時計一個ずつを、総代五三名に八、〇〇〇円の腕時計一個ずつを、理事、幹事一四名に対し二万五、〇〇〇円の腕時計一個ずつを左の解散の記念に支給し前記被告佐藤忠清ら四名を除きいずれも組合員は受領した。

組合は、昭和四四年二月四日に解散準備総代会を、同年四月四日に解散総会をそれぞれ開催した。

(二) 以上の事実に基づき右二つの土地の譲渡行為の効力について検討する。

(1)  被告らは、右(一)(1)記載の陳情書の送付により右送付者は事前に同意していたと主張するが右陳情書の送付は昭和三八年五月から七月にかけてであり右譲渡行為が昭和四一年八月及び昭和四二年九月であり右陳情書の送付から直ちに事前に同意があったものと解することはできない。

しかしながら、前記のように売買代金が二回に亘り配分されたのであるからこの受領によって少なくとも事後的に承諾したものと解することができる。

原告らは右受領に際し反対の意思を表明していたと主張するが、右主張を認めるに足る証拠は存しない。

(2)  また、東城戸部落においては前記理由により各組合員に前記金員を配分していないが、原告佐藤忠清本人尋問の結果には右は売買行為に反対する組合員と配分金を組合より預ってきた総代の意見が対立し金の処置に困ったための措置であるとの供述部分が存するが、前記のように右売買行為を前提とする解散記念の腕時計を右組合員はいずれも受領していることに照らし国部落の組合員が売買に反対であったとの右供述は直ちに採用できず、他に右組合員が売買及び配分金を公会堂の基金に充当することに反対であったことを認めるに足る証拠は存しない。

従って、右各組合員は、いずれも遅くとも配分金が公会堂の基金に充当された時点において黙示的に右措置ひいては右売買につき同意をしたものと認められる。

(3)  ≪証拠省略≫によれば、町北町の八部落総代より昭和四一年九月大野原組合理事長に対し不動産処分を行った行為は越権行為であるとの通知書が発せられていることが認められ、原告らは右行為により無権代理行為に対する追認拒絶が確定し右行為は無効となったと主張するが、右通知はいずれも買主たる被告河東村、同カントリークラブに対しなされたものではない以上民法一一三条二項本文により右追認拒絶を右被告らに対抗し得ない(なお、原告らは同項但書に該当する事実については何ら主張立証していない。)のであり、また右通知は大野原組合が被告カントリークラブに対する売買を決議する以前になされたものであるから右通知が右売買に対する追認拒絶の意思をも含んでいたとは解せられないところ、右組合員らも前記のように配分金及び時計を受領しているのであるから仮に右売買につき若干不満の念を抱いていたとしても遅くとも右配分金の受領のときには右売買行為に同意したものと認められる。

(4)  ≪証拠省略≫によれば次の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

前記原告佐藤ら四名が配分金、記念時計をいずれも受領しなかったのは、同人らがいずれも現金でなく土地の配分を望んでいたこと、土地売買価格が安過ぎること、右時計の配分先が不明であることが主たる理由であったが、右四名連名で昭和四四年二月二日付で大野原組合理事長に対し前記通知書と同文の土地処分は越権行為であり認められない旨の通知書を発していることもあって、右四名と安藤河東村村長、被告村田らとの間で昭和四五年五月一〇日過ぎと同月一六日の二回に亘り右土地の処分問題について話合がもたれた。

右会合において当初原告佐藤ら四名は組合幹部の森高等に対し記前受領拒否の理由としている事実について質問していたが、被告村田らがその所有と主張する大野原甲四三九四番二七、同番三七の土地を組合に代り右原告ら四名に対し一人につき各一反合計四反を代金二〇万円で譲渡したいとの提案がなされ、結局原告佐藤ら四名は右土地の取得で組合の前記土地処分に同意することとし、同日右四名は被告関の案内で右土地を見分した後組合側の人もまじえ三者で手打式を行った。

被告関らは、右四名の未受領の配分金一六万八、〇〇〇円を昭和四五年五月二〇日組合より原告佐藤ら四名の代理として受領し、同年七月一二日被告関が訴外渡部喜一を通じ訴外小林清吉、同渡部祐三が既に受領していた配分金三万二、〇〇〇円を受領した。

(5)  確かに前記認定のように被告河東村に対する譲渡においては二〇町歩程譲渡した土地がふえていること、被告カントリークラブに対する譲渡は公簿面積でなされており、実測面積及び時計の配付先を認めるに足る証拠は存しないこと等に照らせば、原告佐藤らの疑問に全くの根拠がないとは即断できないが、右事実から組合理事長らが不正な土地売買による不当な利得を得ようとしていたとは認められず、他に右事実を認めるに足る証拠は存しない。

また、仮に原告佐藤らはその主張のように前記疑問が解明されない限り組合の譲渡につき同意する意思がなかったとすれば、同人らが、被告関の案内で土地を見分した後手打式を行い被告関らが前記のように未受領であった配分金を代理受領することを認め、既に受領した配分金を右被告らに支払った行為は理解できず、右事実はむしろ昭和四五年五月一六日に原告佐藤らと被告関らとの間で大野原甲四三九四番の二七同番三七の土地につき代金二〇万円で売買契約が締結され、その時点で原告佐藤らは被告河東村、同カントリークラブに対する前記土地売買に同意したものであり、被告関らの右配分金の受領は原告佐藤らの右債務の履行の受領であると解するのが相当である。

なる程、右両地番の土地については被告関らの所有であることについては被告村田栄本人尋問の結果中には右に副う部分が存するものの他にこれを認めるに足る証拠は存せず右本人尋問の結果だけでは右両地番の土地が被告関らの所有であるとは即断できず、また≪証拠省略≫によれば被告村田栄外四名から原告佐藤忠清に対し右売買契約を解除する旨の意思表示をなしていることが認められるが、右はいずれも原告佐藤らと被告関らとの右売買契約独自の問題であり、右事実は前記同意の効力とは無関係である。

(6)  以上のように、組合の被告河東村、同カントリークラブに対する前記土地売買行為につき原告らはいずれも追認しており被告がこれを認めている以上右売買行為はいずれも有効である。

七、(一) 以上のように組合の第一の土地につきなした売買行為はいずれも有効である以上原告らはいずれも右土地の所有権を喪っており、他に特段の主張立証もしていない以上請求原因二記載の各登記の抹消を求める何らの利益を有しないことになり被告らに対し右各登記の抹消を求める原告らの請求はいずれも理由がない。

(二) 原告らが、前記のように第一の土地について所有権を喪っている以上請求原因二(一)記載の登記をなすことが原告らに対し何ら不利益を生じさせるものでない以上その余の点について判断するまでもなく右登記をなしたことを理由とする被告会津若松市、同河東村に対する不法行為に基づく損害賠償の請求は理由がない。

八、よって、原告らの被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないので失当として棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条本文をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上守次 裁判官 清野寛甫 植村立郎)

<以下省略>

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